2017年 5月

第11代、北岡道場キャプテン・・・『承之介(承ちゃん)』

承ちゃん・・・ホンマに、オモロイ子(^^)

 

以前にも記したけど・・・

山椒は小粒でもぴりりと辛い

体はちっちゃいねんけど・・・「負けん気」がメッチャ強くて、相手が誰であろうと、かかっていくタイプ(^^)

 

しかも・・・俺(誰に対してでも)に対しても、普通にタメ口

「先生、俺も行っていいの?」

「分かった!分かった!」

「なんで、俺なんだよ!?」etc・・・

 

ほんで、以前同様・・・

未だに・・・悔しかったり、納得がいかへんかったりしたら・・・目、パチパチしながら、涙目になってる(^^)

 

 

俺は・・・そんな承之介を、昨年末、あえてキャプテンに抜擢した

 

キャプテンになった当初は・・・

俺:「承ちゃん、キャプテン、頑張ってくれよ!?」

承ちゃん:「分かった!  俺、頑張るから!」(タメ口で)

 

また、普段でも・・・

承ちゃん:「先生! 次、何やればいいの?」(タメ口で)

 

・・・・・・・・・・(^_^;)(^_^;)(^_^;)

 

 

 

 

せやけど・・・

キャプテンになって、約半年が過ぎた今・・・

 

「先生! 次、何やりますか?」

「ハイ! 分かりました!」

承之介から、タメ口が消えて・・・しっかりとした、敬語で喋るようになりよった

 

 

俺・・・ご父兄の方と、よくコンタクトを取るようにしてる

もちろん、承之介に限らず・・・道場生全員に目を配って・・・

他の子のご父兄からも・・・道場以外での、学校生活や家での行動、また最近の感情の起伏等・・・を、聞くようにしてるねんけど・・

 

それに伴って・・・

良くなってきてることは・・・「柔道」を通じて、さらに伸ばしてやろうと褒めるし・・・

悪くなってきてることは・・・「柔道」を通じて、彼らの高さまで「目線」を落として、一生懸命、物事を伝えるようにしてる

 

 

確かに、ここは・・・『北岡道場』っていう「柔道場」なんやけど・・・

俺は、基本的に・・・「柔道」は二の次、三の次やと考えてる

 

それは・・・

ナンボ、柔道で結果が残ったって・・・私生活が、ちゃんとできてへんかったら、そんなもん、何の意味も持てへん!と思ってるから・・・

 

ちっちゃい時は・・・運動能力が高かったり・・・他の子(他の道場)より、練習量・トレーニング量を、親や監督が課したら・・・

ある程度、結果は付いてくるもんやけど・・・

 

せやけど・・・中学生や、さらに高校生、またアスリート期になった時には・・・それだけじゃ、アカンわな

周りの人に対する感謝の気持ちを忘れたり・・・感情の赴くままに行動してたり・・・学校生活、私生活の目に見えへん部分が崩れてきたりしたら・・・・・

自ずと・・・結果は、付いてけえへんようになるんとちゃうんかな?って思うねん

 

もちろん、それは・・・社会に出てからも、同じことが言えると思うしな

 

まぁ・・・中には、恐ろしいくらいのセンスや、運動能力を兼ね備えてる選手もおるやろうから・・・

それであっても、結果が付いてくる選手もおるんやろうけど・・・・・

 

でも・・・柔道の世界から退いた後の方が、人生は長いねんで!?

そんな人間に・・・その後の人生、誰が寄り添ってくれるねんな!?

 

 

『三つ子の魂百まで』

・・・・・よ!!

 

 

 

世の中の親御さんは・・・結構な割合で、思ってることと思う

挨拶や態度に始まり、友達付き合いや、仲間作り等も含め、生活面に於いての大抵のことは・・・

「ウチの子は、それなりの年齢になったら、できるようになるやろうから大丈夫やろう?」って・・・

 

 

でも俺は・・・そんなもん、出来るはずがないと思うねん

今、出来てへん者が、「ある時を境に、できるようになりました」・・・なんて、そんな虫のいい話は転がってへんよ

今、家庭の中でまかり通ってることは・・・子供は、(次のステージの)社会に出た時に、きっとそのまま実行するんやから・・・

「家庭」が・・・子供たちにとっての、一番小さな「社会」・・・一番最初の出発点やねんから

 

 

たとえば・・・

今、家の中で、家でむくれた(拗ねた)態度を取る子は、学校でも取るし、道場でも取る

幸か?不幸か?・・・今の時代、学校の先生が、カミナリ落としてでも、それを正してくれることは、限りなく少ないみたいやからな?

(※これは、俺自身が勝手に感じてることやから、すべての先生のことではあれへんで)

 

もちろん、先生方も・・・試行錯誤しながら、良い方向に導いてくれようと、いろんなアプローチはしてくれるんやけど・・・

 

それでも、大きなカミナリを落としてでも・・・

徹底的に・・・「理屈じゃないんじゃ! アカンもんは、アカンのんじゃい!」って・・・

鉄を熱いうちに打ってくれるような教育してくれた先生は・・・俺の子育ての内では、悠葉先生の東北高校時代の恩師、(柔道部監督)佐藤明代先生くらいにしか巡り合ってへんような気がするなぁ~

 

それであってでも・・・

家に帰って、親がまた「それ」を、容認してしもうたら・・・結局は、同じことの繰り返しになってまうねんけどな

 

 

せやから・・・

その・・・「ウチの子は、大丈夫やろう?」っていう浅はかな期待感が、子供をいい方向に導くことができるもんなんやったとするならば・・・

究極の話をしたら・・・この世の中に、犯罪者は出てけえへんわな?・・・きっと(^_^;)

 

 

 

子供にとって・・・

「家庭」っていうのは・・・一番身近で、一番小さな『社会』やん?

その『社会』で、まかり通ってることは・・・次のステージの『社会』(学校や道場)でも、当然、普通にやってしまう

だって・・・子供は、それしか知らへんねんから・・・

 

 

せやからこそ、間違ったことを子供がせんように・・・早い段階で、心を鬼にしてでも食い止めてやるのが、「家庭教育」や「学校教育」、また「道場教育」やと、俺は思うねんよな

 

 

誤解をしてほしくないけど・・・

親御さんの、教育方針が間違ってるって言うてる訳でもないし・・・それぞれの家庭教育にまで、口出しするつもりなんか、まったくあれへんねんで

 

 

ただ・・・俺自身も、22歳で大学を卒業して・・・曲がりなりにも、25年間、『社会』の中で生きてきたけど・・・

やっぱり・・・

挨拶が出来へんかったら・・・ただ、それだけで損をする

むくれて、拗ねた態度を取ったら・・・ただ、それだけで損をする

自分本位な行動を取ったら・・・人は離れていってしまうetc・・・

・・・・・ってことを、当たり前に見てきてる

 

それやったら・・・今の内に、自分達(親、教育者)のできる範囲で正してやったらええんとちゃうんかな?って、思ってるってだけやで

 

 

さらに、余計なことを記すと・・・

経営をする者の立場で、見させてもらった時に・・・それ自体ができてない「青年」が、限りなく多いのも事実やな?

 

余談やけど・・・

以前、ウチの接骨院のスタッフ(30歳目前の子)が・・・入社して数日後に・・・

親御さんに、いっしょに同行してきてもらって・・・1~2週間ほど仕事を休む理由を、一生懸命、俺に訴えてきたことがある

 

休む理由は・・・「捻挫」

 

 

その2週間ほど前に面接した時・・・「頑張って独立開業したいので、勉強させてください!」って言うたはずの、彼自身に「???」を抱きながら・・・

また・・・

30歳を目前にした息子に対して・・・本来あるべき姿を、諭せへん親御さんに対しても、「???」を感じずにはおれんと・・・

一応・・・社会人としての「責任」っていう部分を・・・その子と、(俺の両親と変わらんくらいの年齢の)親御さんを前にして・・・諭させてもらったけど・・・・・

 

せやけど・・・ものごっつい、ガッカリしたことを覚えてるよ

 

 

彼の、この行動や言動は・・・彼を取り巻く環境に対して、限りなくマイナスの要素として働くことはあっても、プラスに働く要素は何一つないような気がしたなぁ~

 

 

せやからこそや!

大人になって、社会に出る前に・・・

間違った?ことをしてる子供たちに・・・「今」、(自分の子供同様に)カミナリを落としてでも、正しい方向に導いてやらんと・・・

せっかく出会った子供たちが・・・俺がカミナリを落とさんかったことによって、将来、ものごっつい損な役回りになってしまうかも知れへんやん?

 

きっと、この先、柔道を続けていったら・・・高校の監督も、同じようなニュアンスで、子供らを導いてくれることは間違いないと思うけど・・・

 

せやけど・・・

社会に出たら・・・

如何なる物事であっても・・・そのような、マイナスな言動や行動をした者に対して、最後の最後まで優しく教育してくれる人は・・・まず、限りなくゼロに近いやろうからね?(^_^;)

 

 

 

余計な話が長くなってもうたけど・・・(^_^;)

 

 

 

 

親御さん(承之介のママ)とコンタクトを取って聞いた限りでは・・・

承之介・・・学校生活でも、私生活でも、「ごっつい成長してきてるな(^^)」って感じさせてもらえるようなことが、ホンマに仰山あった

 

承ちゃんは、今・・・自分なりに「責任」っていうもんを、背中に背負い込んで、一生懸命歩んでるんやと思う

「北岡道場のキャプテン」っていう「責任」が・・・学校生活や私生活の、いろんなところで歯止めになってるみたいで・・・

学校の友人や先生からも、素晴らしい評価をいただいてるってことも聞いた(^^)

 

 

聞かん坊で・・・喧嘩っ早く・・・まったく敬語を知らんくて・・・ただ、負けん気が強かっただけの少年は・・・

大所帯(中学生を含む、40人弱)の北岡道場をまとめてくれる(ちなみに、歴代のキャプテンの中で、一番大人数をまとめてる)・・・

ほんで、また、学校内でも、どんな子に対してでも、分け隔てなく接することができる・・・

素晴らしい少年に、成長してきてくれてる

 

 

 

承之介だけに限らず・・・

入会当初に・・・

物事を、一生懸命取り組めへんかった、いい加減な男・・・滉太先輩(卒業生:高2)

学校で暴れたり、道場でも、すぐに熱くなって、むくれた態度を取ってた・・・涼太(中3)

事ある毎に、拗ねてむくれてた、ビビり少年・・・建之介(承之介の兄貴:中2)

挨拶もショボい声で、ちょっと俺に注意されたら、むくれた態度を取ってた・・・一颯(小3)

1年生の時から、学校生活で先生を困らせて、自分の居場所を自らの手で狭めてた・・・優音(小3)

幼稚園の頃、いじめられっ子とまではいかんかったけど、自分の主張ができへんくて・・・道場に来ても、「嫌々」で、泣いてお母さんを困らせとった・・・煌(小2)

etc・・・・・

 

彼ら、みんな・・・

俺から・・・特別な「カミナリ」をプレゼントされてる

プレゼントしたことが、良かったんか?悪かったんか?の答えは、まだまだ出えへんけど・・・

それでも、「なんで?「カミナリ」をプレゼントされたんか?」は、少なからず感じてくれてるやろうから・・・同じことは、繰り返さへんようにはなってくれてる

(※もちろん・・・我が子(悠葉先生、REN兄ぃ、SO(中1)、YAMATO(小3))に対しては・・・幼い頃から、道場生以上に、事ある毎に「カミナリ」をプレゼントしながら、徹底的に物事の善し悪しは叩き込んできたつもりでおる)

 

さっきも記したけど・・・それは、親御さんの教育が間違ってるということではなくて・・・

『柔道』っていう、良くも悪くもあるこの世界に、長年身を置いてきた、俺の目に余るもんがあったからこそ・・・

また、「「柔道」を通じて、大切な何かを学んでほしい!」と願えば願うほど・・・

特別な「カミナリ」をプレゼントさせてもらたっちゅうことやで(^^)

※特に、滉太先輩と涼太は・・・体の芯の芯まで、電流が走るくらいの、素晴らしいプレゼントやったんとちゃうんかな?(笑)

 

 

いずれにしても・・・

「柔道」を通じて、大切な「何か」を学んでほしい!

 

その「何か」は・・・子供らによって、それぞれ違うから・・・一概に、「これ」とは言われへんけど・・・

それでも・・・

それぞれ、自分の背中に、ちょっとずつ「責任」っていうもんを背負い込んで(あえて、背負わせてやって)・・・

この先の人生・・・右往左往しながらも、行き着く場所は、同じところであってほしいと・・・俺は、心から願ってる

 

どうか・・・

『当たり前の人』

・・・・・になってほしいと願ってる!!

 

 

 

 

承之介キャプテン!!

覚えといてくれよ!

『山椒は小粒でもぴりりと辛い』

・・・・・ねんぞ!(^^)

 

 

元気出していこう!

READY! GO!!

 

 

 

 

5月13日(土)・・・

琳ちゃんのママ(ゆみさん)の会社の友人で、インドネシアから日本に働きに来られてる方が2名(エッキさん&コディルさん)、道場に遊びに来てくれた

 

柔道に関しては、まったくの素人なんやけど・・・

子供たちにとっても・・・彼らにとっても・・・きっとプラスになるやろうと思ったから、練習に参加していただいた

 

 

 

俺自身も・・彼らといろんな話をさせていただいた

 

エッキさん(中央)は・・・28歳

もう、日本に来て、2年半くらい経つらしい

インドネシアに、奥さんを残して、日本に働きに来られてるみたい

また、9月には、子供も生まれるらしいねんけど・・・日本での仕事が、10月までの約束らしいから・・・子供が生まれても、すぐに帰るという訳にはいかへんねんて

 

コディルさん(左)は・・・23歳

まだ、独身やねんけど・・・彼もまた、日本に3年ほど滞在する予定で、日本語を学びながら、仕事をして、お金を稼いでるらしい

 

他にも、何人かいらっしゃるらしいねんけど・・・

その何人かで、マンション?をシェアして、生活してるって言うとった

 

 

彼らからすると・・・

日本は、ホンマに「豊かな国」やという

ただ、その反面・・・豊か過ぎるが故の「チャレンジ精神の無さ」を感じることもあるって言うてたよ

 

 

 

 

しかし・・・

自分の国に、身重の奥さんを置いて・・・日本で、お金を稼ぐ彼ら・・・

賃金的には、インドネシアよりもいいんかなぁ~?

詳しいことや、込み入ったとこまでは、分かれへんし、聞かへんかったけど・・・異国に身を置いて、必死で頑張ってることは確かやもんなぁ~

 

そんな彼らと、話をさせていただいて・・・俺、ものごっつい勉強させられた感があったし・・・ものごっつい心を揺さぶられるもんがあって、自分の若い頃がフラッシュバックしてきた

 

 

せやから・・・俺の経験も含めて、感じたことや、考えることを記そうと思う

 

 

 

 

俺・・・27歳の時に、長男(REN)が生まれてる

長女(悠葉先生)は、24歳の時・・・ALSOKに勤めてた時に生まれてるから、その時、もう既に2歳になってたかな?

俺自身・・・脱サラして、柔道整復師の学校に通ってた時やったけど・・・

あまりの、お金の無さに・・・明美と悠葉先生(長女)に、大阪と和歌山の実家で生活してもらって・・・俺は独り、仙台で暮らしてた

 

RENが生まれた時にも・・・学費や生活費を稼ぐために、俺は普通に運送屋でアルバイトをしてた

生活自体が切羽詰まってんのに、子供が生まれたからって、大阪に帰る飛行機代なんか算出できるはずもなく・・・・俺は、RENが生まれた一報をトラックの中で受けた

 

さすがに、見兼ねた親父が・・・

「長男が生まれた時くらい、顔を見に来てやれ!  俺が、飛行機代を出してやるから・・・」って・・・往復の飛行機代を出してくれて、生まれたばかりのRENに会いに行かせてもらったけどな

 

もちろん、長く休むわけにも行かへん状況やったから・・・2~3日で、仙台に戻ってきたと記憶してるけど・・・

それからも、約1年・・・RENが、1歳近くになるまで会うことなく、ずっと離れて暮らした

 

当然・・・家族が、エンドレスで離れて暮らすわけにもいかへんし・・・

ギリギリの生活ラインを確保できそうやな?って・・・明美と悠葉とRENが、仙台に帰って来れた時・・

俺の顔を見たRENは・・・見知らぬオッサンやと判断したんやろなぁ~?(^_^;)・・・

大泣きされて・・・その後も、慣れるまでに、結構時間が掛かったっていう、苦い思い出があるよ

 

 

俺・・・その頃、必死やった・・・・・ホンマに、必死やった

俺は、今でも車が大好きなんやけど・・・その頃は、そこを走ってる車が、何っていう車種なのか?さえ、分かれへん

テレビを見る時間がないから・・・芸能人や芸人の名前が、まったく分かれへん

そんくらい、周りのことに意識を向ける余裕すらなくて・・・ただひたすらに、日々の生活、将来への希望、自分が掲げた目標に対して、必死にもがきながら生きてた時期やった

 

30歳前っていうたら・・・

周りの人たちは、それなりの給料も貰ってる時期やろうから・・・子供にかわいらしい服を着せてあげて・・・家族(夫婦)で外食もできて・・・ある程度の車にも乗れて・・・早い人やったら、家を建てる人かっておるくらいの年齢や

 

せやけど、あの頃の俺と明美は・・・散髪に行くお金なんかないから、髪は伸び放題・・・給料日前には、醤油を買うお金すらなかったし・・・俺の昼ご飯は、もっぱら100均のスナック菓子やった(^_^;)

 

自分自身が・・・就職したALSOKを脱サラして、自分の進みたい道を選択したんやから、自分が悪いんやんけっ!?

・・・って、言われてしまえば、それまでやねんけど・・・

 

ちなみに、余談やけど・・・

RENが生まれた時に、唯一・・・飛行機代を出してくれた親父は?っていうたら・・・

「なんで、俺が・・・いっぺん就職したにも関わらず、自分が好き好んで選択した道に対して、手助けせなアカンねん!?」ってな状態

 

もちろん、俺も・・・

仮に、親父を頼ったとしても、そう言うにきまってるやろうし(ずっと、そうやって育てられてきたから・・・)・・・最初っから、まったく頼るつもりなんかなかった(「頼る」っていう打算があったら、大阪の学校に入学してたやろな)

「絶対に、親父の助けは受けんと、己自身の力で、足元を固めたる!」・・・そう思ってた

「意地」・・・やったな

 

こんな記し方をしたら・・・親父は、メッチャ最悪な人のように映ってまうかも知れへんけど・・・

でも、実は・・・これは、親父の不器用な優しさ

 

きっと・・・

「これから、独りで事業を起ち上げていく者が、第一歩目から人に頼るな!  全ての「責任」を、背中の背負い込むっていうのは、そんな甘い事じゃないんやぞ!」って、伝えてくれたんやと思う

 

これは・・・30歳くらいの時に、建築の学校にさえいかんと、自分の仕事の余暇時間を使って、必死で勉強して「建築士」の資格を取り・・・ゼロから建築会社を起ち上げた、親父ならではの無言のメッセージやったんやろな?って、俺は解釈してる

 

ちなみに、親父は・・・その後、道場(砂川道場(現:砂川国際柔道クラブ))も起ち上げ・・・

3年ほど前には・・・松浪健四郎議員はじめ、府会議員、近隣各市長、取引先の方々、親父を取り巻く人たち等、数百人が集まって・・・起業(会社&道場)30周年パーティーをしてる

 

 

また・・・余談が長くなってもうたなぁ~(^_^;)

 

せやから・・・そんな時期もあったねんでって、泣き言を記してるんやなくて・・・

崖っぷちに自分の身を置いて、やってきた奴・・・「今に見とけよ」っていう『ハングリー精神』を持って臨んできた奴は・・・・・波風なく生きてきた者よりは、多少は打たれ強いんとちゃうんかな?って・・・俺は、思うっていうことを記したいねん

 

 

家族のため・・・子供のため・・・将来のため・・・ほんで、もちろん、自分自身のため・・・

きっと、エッキさんとコディルさんの「心」は・・・俺なんか、比になれへんくらいの「辛抱と努力」をしてることやと思うわ

彼らと話してたら・・・なんか、大切なことを思い出させてもらったような気がした

 

 

 

俺、明美とよく話す・・・

「「あの頃」には、絶対に戻りたくないな」って・・・

だからこそ・・・「一瞬一瞬を、一生懸命、頑張らなアカンでなぁ!」って、今でも自分たちを戒めてるつもりやけど・・・

それを、あらためて思い出させてもらった気がしたよ

 

 

『「あの頃」には、絶対に戻りたくない!」』

 

そう思うのとは裏腹に・・・

我が子には、俺らが過ごしてきた「あの頃」のどん底を、身を以て体験してもらいたいと、心から願ってる(^^)

あわよくば・・・伴侶や子供と共に、それを体験してもらうのも悪くないかな?ってさえ感じてる

そうすることで・・・谷底からでも這い上がってくる根性と、崖っぷちに立たされた時でも強いハートをもった人になってくれるやろうって思ってるし・・・

ほんで、また・・・夫婦の『絆』、家族の『絆』も、きっと強固なもんになるんとちゃうんかな?って、思ってるから・・・

 

もちろん、俺を育ててくれた親父同様・・・

俺自身も彼らに手を貸すつもりは・・・・・一切ない!

 

 

そうやって、偉そうに言うてるけど・・・

 

人一倍、寂しがり屋な性格やから・・・

ホンマは、子供らに嫌われたくないし・・・鬱陶しがられたくないし・・・距離を置かれたくはないねん(^_^;)

 

それでも・・・

今、「可哀そう」と、俺ら親が感じるより・・・将来、「可哀そう」と、周りすべてに思われる方が・・・絶対に、子供らにとってはマイナスやと思うから・・・

心を鬼にしてでも・・・我が子には、棘の道を歩いてもらおうと考えてる

 

近い将来なんか?、遠い将来なんか?は、分からんけど・・・

もし、俺と明美の「想い」を、子供たちが十二分に理解してくれる時が来たとしたら・・・・・きっと、彼らは、俺らよりも飛躍して・・・俺らのことなんか、軽く飛び越してくれてることやろうから・・・(^^)

 

 

子供たちに対して、日々・・・

「どんだけ真剣な目ン玉で、彼らの瞳の奥まで睨むことができるんか?」

・・・が、俺の最重要課題やと思ってる

明日、俺が生きてる保証なんか、どこにもあれへんねんからね

 

子供かって・・・真剣な目ン玉で向かっていったら、真剣な目ン玉で向かってくるはずやよ

それでも、子供が目を逸らしたり、ケツをまくるようやったら・・・きっと俺の方に、何かしら落ち度があるんやろう?

もちろん、俺も・・・目を逸らすわけにはいかへん!

 

人生も・・・子育ても・・・真剣勝負!

目を逸らしたり、ケツをまくった方が・・・「負け」やよ!

 

特に、子育ては・・・

目が合った時点から・・・お互い歩み寄って、デコ同士をくっつけてでも、「メンチの切り合い」ができるくらいが、丁度ええねん!(笑)

 

 

 

 

エッキさん

コディルさん

道場に遊びに来ていただき、ありがとうございました!

また、心が揺さぶられて、大切なことを思い出させていただいたことに、感謝いたします!

ありがとうございました!

ぜひ、またいらしてください(^^)

 

 

元気出していこう!

READY! GO!

 

 

 

 

 

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